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不定期連載「メイドさんを探して」 第3話 

第三話「雪の峡谷」

第一話第二話

「違う、右! あたしから見て右だっつってんだろ駄馬! そう、そのへんに置いて」

 授業を終えた霜田と郁子がいつものように元・宿直室であり現・次世代メイドさん研究会活動拠点兼同会会長宅ののれんをくぐると、そこには見慣れぬふたりの侵入者の姿があった。

 そのうちひとりは、つい先日霜田からの郁子保護を宣言したばかりの超時空美少女中学生かつ家業の喫茶店ではメイドさんの兎束英梨で、自分で持ち込んできたらしいひとりがけのソファにいましも座り込もうとしているところだった。古びてはいるが柔らかそうなそれに腰を落ち着け、英梨がまるで古株メンバーのように挨拶する。

「うす、遅かったじゃない。フヨは演劇部?」

「ああ、いつも向こうに顔出してから来てる。それより兎束、お前に訊きたいことがふたつある。まずその大層なソファは何のつもりだ。ここは俺の部屋でもあるし、お前は次メ研の正式なメンバーですらないはずだが」

「オブザーバーっていうの? そういう立場でも席は必要でしょ。それに床とか間違いなく小汚いままだろうと思って、家から使ってないやつ持ってきたの」

 制服姿の英梨が繰り出す営業用の美少女スマイルは通常男子ならそれだけで話が通ってしまう破壊力だったが、こと霜田に対してはどれほど効果があったか怪しい。

「なるほど、じゃあソレの処分を決める前に──」

「処分って何よ。こんだけいろんなモンが転がってるんだから、いまさらあたしの指定席ぐらいどうってことないでしょ」

「だからそれは後だ。ふたつめの質問、お前の後ろにいるそいつは誰だ」

「ひ、ひっ」

 霜田に顎で示されただけで、その大柄な男子はしゃがみ込んでソファの陰に隠れてしまう。英梨はそれには全く関心を払わない。

「ああ、これ? あたしのゲボク兼馬。なんかここの話したらついて来たがってさあ、馬のくせに。ついでにソファ背負わせてきたの」

「お前チャリ通だろ。あの距離を運ばせたのか」

「まあ馬だから。ほら馬、挨拶して」

 言われてのっそりと立ち上がり、かたくなに誰とも目を合わせず顔を下に向けたまま、その男子はもごもごと呟いた。

「一年八組の、ま……馬飼野……で……」

 英梨が呼ぶ通り雰囲気が荷物を引く駄馬を思わせ、どことなく顔も馬チックな馬飼野は名前まで馬だった。

「……あ、あの! ぅお願いいたしまぁー!」

 と、突然ブチ切れ気味にテンションを上げると、放送禁止寸前の目つきで霜田に話しかける。

「僕も研究会にい、入れてくださぁい!」

「ば、あんた何言って」

 英梨を慌てさせたその申し出は霜田にとっても意外だったようで、まる一周首を捻ってからこう切り出した。

「馬飼野だったか、ひとつだけ訊かせてくれ。お前はメイドさんに、何を求めているんだ」

 体格だけなら年下にしか見えない霜田の質問に、馬飼野はこの部屋に来て初めて怯えや焦り以外の表情で考え込む。

「たぶん、なんか、イイ感じの、何か……を」

 たっぷり時間をかけて捻り出されたのは、飼い主の英梨が額に手を当ててあきれ返るのも当然の答えになっていない答えだった。

「あんたって馬は……」

「いいだろう。馬飼野、今日からお前はこの『次世代メイドさん研究会』の一員だ」

「え、今のでいいの!?」

 驚く英梨をよそに、それまで蚊帳の外だった郁子が微妙に勢いのないガッツポーズを作っている下級生に微笑みかける。

「二年の荻生郁子です。これからよろしくね、馬飼野くん」

「ど……ども」

 何故か卑屈な笑みを浮かべて挙動不審になる馬飼野を、冷ややかな英梨の言葉が刺した。

「ダメダメ、餌を与えちゃ。そいつ女子に優しくされるとすぐ色々勘違いするキモ野郎なんだから。な、馬」

 両目をロンパらせ、びくりと首をすくめる様子もそこはかとなく馬っぽい。

「別に止めないけど、って言うか止めても霜田が聞きゃーしないだろうけど、そいつ入れるんだったらそこ要注意ね」

「そうなんだ……」

 郁子が微妙に口元を引きつらせていると、入り口の戸が引き開けられる音がした。

「おー、なんかいっぱいいるね~」

 今日も制服を校則通り完璧に着こなした霜田の嫁、羽中田フヨの登場に英梨が即座に呼応する。

「フヨッ! 待ってたよッ!」

「そこにいるのは英梨、兎束英梨か! 何ゆえそなたが再びここへ?」

 芝居がかった動作で手を繋ぎ、ふたりでミュージカルチックなポーズを決める。

「ホント久しぶりだね英梨たん、どうしてた?」

「いやいや昼も一緒におべんと食べたっしょ」

 切れ味鋭い手刀をフヨの頭に叩き込むと、既に余人の入り込めない空間で微笑みあう。馬飼野はチラチラとその様子を盗み見し、郁子は目元を緩めていた。きっかけを待っていた霜田が、その隙を縫って動き出す。

「さて、じゃそろそろ始めるか」

「え、何を?」

 すっとぼけた事を言う英梨を、こたつの上にあったノートPCをいつの間にか膝に抱えた霜田が爽やかに笑い飛ばす。

「はっは、もちろん次メ研の『活動』を、さ。そのソファは……まあいいか、とりあえず座っておけ。荻生と馬飼野もそのへんに」

 自らは壁に背中をつき、皆から液晶画面が見えるようにする。郁子と馬飼野がこたつの周りに陣取ると、ぶつぶつ小声で文句を垂れている英梨を除いて、宿直室のメンバーに『活動』の雰囲気が出来上がった。

「あ、フヨは本読んでるからおかまいなくー」

 会員ではない霜田嫁は窓際に移動し、メルヘンな表紙なのに人類がどうとかいう大仰なタイトルの文庫本をめくり始める。夫の趣味には口を出さないタイプのようだ。

「では、最初にメイドさんについてだ。兎束にはいちど話してることだが、まあ我慢して聞いてくれ」

 ぷいと横を向いている英梨に苦笑いしつつ、霜田は器用に逆側からPCを弄って何かのアプリを立ち上げる。程なく画面に手書きを取り込んだと思しき『メイドさんとは』の文字が大写しされる。きちんと大きさの揃った、歳のわりに几帳面な字だった。

「次メ研がメイドさんを研究する集まりである以上、まずは『メイドさんとは何か』を明らかにしておこう。ところで荻生」

「は、はい?」

 いきなり話を振られ、まったく無防備だった郁子は慌てまくる。

「この前兎束がメイド服で働いているところを見て、お前は何を思った?」

「ええと、漠然とですけど、すごくいいなあ、と……」

「そうだ。そして馬飼野もさっき、メイドさんに『イイ感じの何か』を求めていると言った。憧れ、ときめき、やすらぎ、癒し、萌え、欲望、妄想、秋葉原的な、あるいはヴィクトリア朝的ななにか。呼び方は何でもいいが、お前たちが感じ、追い求めるその『よさ』こそがメイドさんの核心だと、当会では考える。そしてここではそれを全部ひっくるめて」

 講師役にいたずらっぽい笑みが閃く。

「──『ロマン』、と呼ぶことにする」

 液晶画面にヤケクソ気味に大きな『メイドさん=ロマン』の文字が躍る。

「メイドさんの定義。メイドさんとは、ロマンチックな存在である」

 そう言って一同──とは言っても郁子、馬飼野、英梨の三人だけだが──を見渡し、霜田は少しだけ間をおいた。

「何か質問は?」

「ちょっと、それは」

 言いたいことがすぐに形にならないもどかしさとともに、郁子が反論する。

「だって乱暴すぎます。ロマンチックじゃなければメイドさんじゃないんですか」

「その通り。例えば荻生、お前はシンガポールで雇っていたという家政婦さんにある種の『よさ』を、憧れを感じたんだろう」

「──はい」

「なら彼女は、例えメイド服を着ていなくても、見た目普通のおばさんでも、立派な『メイドさん』だ。ただしお前以外にとっては、おそらくメイドさんとはいえないだろうな」

 郁子はまだ納得できない。

「家事を仕事にしていなくてもメイドさんと言えるんですか」

「仕事の内容だけなら、兎束は家事なんかやってないぞ」

「あ」

 思わず英梨のほうへ顔を向けたが、どういうわけか先程から黙りこくっている英梨には何の反応もない。

「ただ、これだと確かに『無限に広がる大宇宙』とかとんでもないものまでメイドさんになってしまうから、もうひとつ定義を付け加える必要はある。メイドさんの定義その二、メイドさんとは労働する存在である」

「働く──ロマン」

 相変わらず聞き取りにくい馬飼野の呟きに、耳ざとく霜田が食いつく。

「そうだ馬飼野、次メ研の考えるメイドさんとはまさにそれだ。『働く』という行為にロマンを取り戻す存在、といってもいい」

 画面上の文言に『働く』が追加され、『メイドさん=働くロマン』に上書きされたところで、郁子は身体ぜんぶを使ってゆっくり頷いた。

「また少し、わかってきたような気がします。順序が逆だったんですね」

 瞠目、という言葉の見本のような驚きかたをして、霜田はしばし静止した。ソファの上では、英梨のぱっちりした瞳が瞬きを数度繰り返し、無意識に足を組みかえる。馬飼野だけが所在なさげに空気の変わった周囲を窺っていた。

「メイドさんがロマンなんじゃなくて、ロマンチックなものを追いかけていったらメイドさんがいた──そういうことですね?」

「……驚いたな、その通りだ。もともとここは『ロマン研究会』だったんだ」

「何それ初耳。今よりもっとワケわかんない」

 講義が始まってから初めて、英梨がまともに口を開く。

「テレビで偶然喫茶店で働くメイドさんを見たのは、去年の一学期のころだったかな。探し物を掘り当てた手応えは感じたが、まだ確信はできなかった。だから行ってみたんだ、秋葉原のいちばん古いメイド喫茶に。実際にメイドさんを間近にしてみたら、それがロマンそのものにいちばん」

 そこでしばらく思案してから、霜田は話を継ぐ。

「そう、いちばん『近い』、純ロマン的存在だとはっきり実感できた。そして同時に、こうも思ったんだ。これは、『メイドさん』のほんの一形態に過ぎないんじゃないか。人の数だけロマンがあるように、メイドさんにはもっと色々な可能性があるはずだ、とな。だから──」

 己が身を貫くような霜田の視線に、郁子は僅か気圧される。

「だから俺は、この研究会を作った。メイドさんの未知なるロマンを探るために」

「それでこの会には頭に『次世代』がついてるんですね」

 何やら深く得心して頷く眼鏡女子の姿に、英梨は軽く肩をすくめた。

「なんでこんだけ残念な話に納得してるのこの子……って馬! あんたまでッ!」

 霜田へ明らかな尊敬の眼差しを向ける馬飼野の頭を思わずグーで小突く。頭部をかばって縮こまりつつも、馬飼野は何故か微妙に嬉しそうだった。このまま霜田に喋らせてはまずいと感じたのか、流れを断ち切るように英梨が立ち上がって二度手を叩く。

「あーもう、つまんない能書きはこれで終わり! ここからあたしの実践パートね」

「まて兎束。まだ俺の話が──」

「出番よフヨッ!」

 ぱちんと指を鳴らしてからほんの数秒後には、夫の首根っこをひっつかんで宿直室から引きずり出すドメスティックでバイオレントな妻の姿があった。

「アイスか、アイスなんだな!」

「ごめんねダーリン、昨日英梨ぴょんに『博多とよのか』おごってもらったんだ」

「105円で買収されるなーッ!」

 おもろい夫婦の会話が遠ざかっていき、思わぬ伏兵により会長が撤退した部屋には郁子と英梨だけが残される。

「……あれ? 馬飼野くんがいませんよ」

「ねえ、この前あたしが言ったこと覚えてる?」

 郁子の問いかけを完璧に無視して、この状況にそぐわないこぼれるような笑顔を見せる英梨。郁子の背筋に嫌な汗が流れはじめる。

「えっと、確か会長から私を守るって……でもそれが」

「違う違う、その後。あたしがあんたを少しずつ慣れさせていくって言ったでしょ。メイド服に」

「そんなこと──」

 そのときのれんをくぐって姿を現した馬飼野が捧げ持っているブツを目にして、郁子は絶句した。事前に言い含められていたのか、指令を完遂した馬飼野はふたたび宿直室から姿を消す。

「だいたいサイズがいっしょみたいだったから、こないだ辞めた子のやつ持ってきた。さ、じゃあちょっと着替えよっか」

 下僕から受け取ったブツ──クリーニング済みのメイド服一式──とともににじり寄る英梨に、郁子はじわじわと部屋の隅へ追い詰められていく。

「だめですよ、そんな服学校に持ってきちゃ。あ、そうだわたし用事が」

「いま部屋の外で、あのバカ確実に聞き耳立ててるから。騒げば騒ぐほど馬を喜ばせるだけなんだから、かッ、観念しなさい」

「なんでどもってるんですかぁ」

 半泣きで後ずさる郁子の背中が、とうとう隅の壁に突き当たる。

「なんかね、これ思ったより楽しいのね。さあまずはキャ、キャップから」

「嫌ぁぁーっ!」

 その後、郁子は『少しずつ』の枠をはるかに超えてメイド服に袖を通すはめになり、宿直室から聞こえる女子生徒のすすり泣きは程なく学校の七不思議の仲間入りを果たしたという。

(1.14)

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