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超不定期連載「メイドさんを探して」 第5話 

第5話『古代の闘技場』

概略・登場人物/第1話/第2話/第3話/第4話/4.5話

 このところ放課後の元宿直室は、その寂しげな響きからは俄かに想像できないほど騒がしい。今日もまた、メイド服を着た小柄な女子中学生にしか見えない自称『汎用』ロボ、武垣美智が取り囲まれて質問責めに遭っていた。

 念の為にもう一度繰り返すと、メイド服を着た小柄な女子中学生にしか見えない自称『汎用』ロボ、である。

「やっぱり充電したりするんですか?」

「あなたがたと同じく食べたものを動力に変換します。効率は桁違いですが」

「ロボットってことはアレだよね~、目からビーム出したりとか~」

「あらゆる身体スペックが常人の二十倍程度に設定されていますので、基本的に武装は不要です」

「開発費いくらぐらいかかったの?」

「板橋区の年間予算程度です」

「そ、育ったりしますか? しないよね? しししないで!」

「成長はしませんが、私は汎用ですので用途に合わせて柔軟に体格や外見年齢を変更可能です」

 最後の返答を聞いて目当ての薄い本を確保できたときのような多幸感を放出する馬っぽい男子を、こちらもメイド服姿の可憐な女子が容赦なくグーパンで殴り倒した。

「そのくらいにしてあげれば。軽くイジメだよそれ」

 窓際に背を預けていた、美智の護衛対象であり主であるところの八鍬餡がプチ尋問状態を見かねて苦言を呈する。成り行きとはいえ先日美智の正体を知られ、今日もこの部屋に美智を預けにきた手前、責任を少なからず感じているのだろう。ちなみにいつものことだが、馬男子の被害は全員スルーである。

 すかさず先程のグーパンメイド、兎束英梨が攻撃の矛先を餡に切り替えた。

「じゃ代わりにおうちが超絶お金持ちのアン子さんに質問ね。あんたんちって当然メイドさん雇ってるんでしょ?」

「あ、それ私もずっと訊きたかったんです。どうなんでしょう」

 いまこの狭苦しい空間にはメイド服姿の女子が三人も存在しており、臨界を超えかねないメイドさん密度に達している。そのうちふたりは先程の美智と英梨だが、最後のひとりである三つ編み眼鏡のメイド女子──荻生郁子が質問に食いついてきた。

「お手伝いさんならいっぱいいるけど、メイドさんはいない。ていうか家の話はしないでって言ってるのに。あと人を変なふうに呼ばないで」

「やっぱりいるんじゃないですか。アルバイトとか募集してたりは……」

「しない。仮にしてても中学生なんか雇えないから」

「ま、ウチの店はそのへんブッちぎってるけどね」

 家業がメイド喫茶で、自らも週に数回のシフトをこなす英梨がしたり顔で顎に手をやる。

「捕まればいいのに……」

「あの、いちど見学させてもらうだけでも」

「駄目だって言ってるでしょ! ほら、もう行くから」

 しつこく食い下がる郁子をいなしつつ、美智に声をかける。

「んじゃうちそろそろ部活に行くけど、おとなしくしてるんだよ美智」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「だから学校じゃイトコで通してるんだから、お嬢様は禁止だって!」

「そうでした、最近どうも多次元回路のゆらぎが多くていけません」

「ほんとに大丈夫なのこのポンコツ……」

 呆れと心配を入り混じらせつつ『浪漫』と大書されたのれんをくぐって外に出ようとした瞬間、餡は何か黒くて小さいものと衝突した。質量の小さな黒いカタマリは物理法則に従って漫画のように廊下へ弾き飛ばされたが、きれいに後転を決めてすっくと立ち上がる。

「あっ、霜田くんごめん」

「いまから部活なのか、八鍬」

 学生服を軽くはたきながら何事もなかったように話している地黒の男子は室内の顔ぶれのなかではいちばん小柄な美智よりさらにひとまわり小さく、小学生にしか見えない。歯だけはやたらと白いこの男子こそが、元宿直室にたむろする面々を束ねるリーダー、霜田格だった。

「うん、いま美智を預けてきたとこ。 ……その子が例の新入部員?」

「ああ。こいつはかなり有望だぞ」

 餡は霜田の後ろに立つ見慣れない男子に気付いた。先日、新たな入部希望者の存在を霜田に聞かされたときはさすがに焦った──というかこれ以上メンバーが増える可能性を全く考えていなかった──が、極力美智の正体は隠すという方向で既に話はついていた。

「二年の泉居(いずい)だよ。よろしく」

 喜色満面の霜田に促されて、期待の新人らしい泉居が軽く会釈する。その姿に餡はほんの少し驚いた。さすがに英梨ほどのオーラはないが、まず校内随一だろうと思える細身の美少年だ。

「八鍬です、よろしくね。いまちょうどここ出るとこだから、詳しい話はまた今度」

「うん、それじゃまた」

「じゃあ彼女も一緒に中に入ってくれ。みんなに紹介しよう」

 霜田と一緒にのれんをくぐる泉居を見届けてから二、三歩踏み出したところで、餡ははたと立ち止まる。いま霜田くんが言ってた『彼女』って誰のことだろう? 廊下には他に誰もいないけど……。





「……で、その隣にいるのがカッタ・のゆだ」

「僕の妹です。さあのゆ、ご挨拶して」

 泉居が催促すると、皆が見守る元宿直室にどこからともなく、明らかに録音のアニメ声が満ちる。

『お兄ちゃんのメイドののゆです! みんなよろろー☆』

「タ、ターイムッ! ちょい作戦タイムッ!」

 静まり返る室内に、両腕を直角に組み合わせてサインを送る英梨の悲痛な叫びが響き渡った。光の速さで霜田の首根っこを引っ掴むと、泉居兄妹からいちばん離れた場所に現行メンバー全員で円陣を作る。ひそひそ声で口火を切ったのはもちろん英梨だ。

「し、も、だー、あんたホンマモン連れて来てどうすんの」

「ホンマモン? 何のことだ」

「とぼけんなーっ! 今のはどう聞いたって『たくあん』ののゆの声じゃない」

「ち……ちなみに声優は……妹キャラに定評がある……超電寺まき……」

 でかいナリに似合わない蚊の鳴くような声で、最初に美智の成長を気にしていた男子──馬飼野が補足する。

「誰も聞いてねーよ馬っ!」

 英梨のシャープなメイドキックをもろに喰らい、馬飼野は幸せそうに吹っ飛んで円陣から脱落した。『たくあん』とは取りようによってはエロい台詞回しが玄人筋に人気のギャルゲー原作深夜アニメ『空に羽ばたくアンブレラ』の通称で、その中でも妹メイドののゆはメインヒロインを凌ぐ人気を博している。

「右ポケットの小型プレイヤーから音声を出力していますね」

 ロボの強みでスキャンでもかましたのか、美智が断定的にそう告げる。

『お兄ちゃん、みんな何を話してるんだろろーね☆』

「僕にはわからないけど、なんだか雲行きが怪しいね」

 部屋の対角で誰もいない真横の空間とのんびり会話する泉居に、さしもの英梨も怖気をふるった。

「ちょま、ほんとやめてよもー。あれゲームの台詞切り貼りしてるし。あんなのうちの濃い客にもいねーわ」

「確かに奴以外には見えないかもしれないが」

 逆に英梨の反応こそ解せないといった風情で、霜田が言う。

「──それでも彼女はメイドさんには違いない。じゅうぶん入会に値する」

「そういやあんたもマジキチなの忘れてたわ……」

 これ以上話しても無駄なことを悟り、英梨はターゲットをこの騒動の本人に切り替える。

「泉居くん、だっけ。さすがに実在しない娘を仲間にしろってのは通らないんじゃない」

 英梨の姿を意識した瞬間、泉居は思わず息を呑んだ。英梨を初めて見た男子の一般的な反応だ。

「きみが兎束さんか。二年に凄くかわいい子がいるって話は聞いてたけど、想像以上だね」

「話、そらさないで。あたしが超絶美少女とか当たり前だから」

 激烈な敵意に満ちた大きな瞳で射すくめられ、泉居はややたじろいだようだったが、柔和な表情は崩れない。

「いや、本当に何を言ってるのかわからないよ。だってのゆはほら、ちゃんとここに」

『そうだよー。ほんと失礼しちゃう、ぷん☆すか』

 そのとき英梨の背後になにか闘気のようなものがゆらめくのを、確かに見た──。汎用ロボいじりに少々加わった後はひたすら壁際でとある何とかいうタイトルの文庫本を読んでいた霜田の嫁、羽中田フヨは後にそう述懐する。

「だーかーらー、そのひとり芝居をやめろっつってんの!」

 暴力可憐メイドが人知を超えた動きで泉居へ迫る。踝丈のスカートが翻り、それがおさまった時、英梨の右手には小ぶりな携帯プレイヤーが握りしめられていた。

「くっ、いつの間に……」

「さあ、あんたの妹とやらに喋らせてみなさいよ」

「おい兎束」

 英梨を制止しようとする霜田に「僕に任せて」と声をかけ、泉居は英梨と対峙する。

「いきなり何するんだ。君が驚かせるから、のゆが外に飛び出していっちゃったじゃないか」

「ほーう、そう来るわけね」

 戦意旺盛な暴力可憐メイドに軽いため息をつく泉居。

「だいたい百歩譲って君の言う通りのゆが実在しないとして、メイドさんだって実在しないという点では同じだよ」

「はあ? あたしはしっかりここにいるけど」

「違うよ。君たちは」

 ことさら声に力を込め、はっきりと泉居は言い切った。

「──必死でメイドさんが『いる』ふりをしているだけだ。本当はメイド服を着た女子がいるだけなのにね」

 そのとき英梨の頭部あたりから何かがぶちん、と切れる大きな音がしたのを、確かに聞いた──。床に転がされたのをいいことにローアングル探偵団のチャンスを窺っていた馬飼野は、後にそう述懐する。

 返答する英梨の声はかつてないほど低く、暗かった。

「違う。メイドさんはちゃんと『いる』の。だって、あたしたちがメイドさんなんだから」

「そう言うしかないだろうね。そう言い続けないと、メイドさんという儚い夢は維持できないんだから」

「あのさ、あんたのハラはだいたいわかった。あんたが霜田以上に最低だってこともね」

 泉居をきッと睨みつける英梨の姿には、生来の美貌も手伝って思わずひれ伏したくなる迫力があった。

「自分でイチからマニュアル考えて、商店街のツテでバイトできる子を紹介してもらって、初手からバカにされてる嫌なお客さんにも笑顔で頭下げて。父さんが思いつきで始めたメイド喫茶を、あたしは必死になって自分の力で守ってきたの。その苦労、その努力が『なかった』だなんて」

 もろに人差し指を泉居に突き出して、英梨は朗々と宣言する。

「──絶対に言わせない」

 宿直室の空気は、もはや戦場のそれに酷似していた。





「あの、お茶どうぞ」

 一触即発の雰囲気を読んでいるのかいないのか、そこへ横からおずおずとおさげメイドの郁子が割って入り、英梨と泉居に湯呑みを差し出す。

「え、うん、ありがと」

「ありがとう」

 既にふたり以外の面子には熱い緑茶が行き渡っているようだ。ロボの美智もすました顔でカテキンを摂取していた。この緊迫した状況下にあってのんきに茶の用意を続けていた者がいたという事実に、英梨はすっかり拍子抜けする。

「実在するとかしないとか、難しい話はよくわかりませんが」

 その隙を狙ったのは意識的だったのかどうか。ともかく、郁子は泉居へのコンタクトに成功した。

「この間兎束さんがお店で働いてるのを見たとき、なんかいいなって、またここに来たいなって、そんなことを思ったんです。誰かにいて欲しいと望まれている。メイドさんが『いる』理由、それじゃ足りませんか?」

 泉居は虚を突かれ、どんな表情をしていいか決めかねているようだったが、やがてその端正な面貌に微笑が戻る。

「いいや、充分だよ。僕も妹がいて欲しいと望んでる。だから妹は僕の傍に、いる。同じことだね」

 続きは英梨へ向けられた言葉だった。

「ごめん、さっきのは謝るよ。のゆに意地悪されて僕も少しむきになってた。でもこの眼鏡の子……ええと」

「荻生です」

「そう、荻生さんのおかげで思い出したんだ。君たちとのゆは同じメイドさんだってことをね。だからもう一度お願いするよ」

 泉居は右手を英梨に差し出した。

「僕と妹を、この次メ研のメンバーとして認めてくれないか」

「はん。絶っっっ対にイヤ」

 キュートな八重歯を覗かせて最高の笑みを返し、その手を英梨はにべもなく払いのける。本来なら正式な部員ですらない英梨に拒否権はないのだが、それを咎めるべき会長の霜田はと言えば、どんな腹づもりなのか完全に見(ケン)に回っていた。

「オギューのおかげで調子狂ってツッコめなかったけど、さっきからなに寝言ほざいてんの? あたしたちとあんたの妄想妹が同じ? 全っっっ然違う! あんたの妹は、あんたにしか望まれてない!」

「そうだね、その通りだ。でも」

 答えながらそうか、と泉居は得心していた。どちらも大事なものを見つけ、それを必死で守ろうとしている。僕とこの子は──。

「君の店だって、最初は君にすら望まれてなかったんじゃないのかな」

 あれほど敵意を剥き出しにしていた英梨がその一瞬、言葉に詰まった。ひとたび気勢を殺がれてしまうと、もう挽回は無理だった。

「僕以外の人にのゆを認めてもらうために、僕も努力することにしたんだ。だからまず、話の通じる霜田くんのいるこの部に入れてもらおうと思った。そういうことなんだ、そもそもの話をするとね」

 表情を一変させ、無言で俯いている英梨の手からそっと携帯プレイヤーを取り戻した泉居が側方ややナナメ下の空間に視線の焦点を合わせると、ようやく外から戻ってきたのか、のゆの声が聞こえた。

『お兄ちゃんいっしょに帰ろろっ☆』

「うん、今日はここまでにしておこうか」

 英梨を含む部屋にいる全員を見渡して、泉居は言った。

「入部を諦めたわけじゃないけど、のゆが帰りたがってるから出直すよ。じゃ、そのうちまた」

『ばいばーい☆』

 宿直室になんとも言えない微妙な空気を残して、エア妹メイドとともに泉居は去っていった。その気まずさに呑まれていなかったのはロボの美智を除けばいつも我が道をゆく霜田だけで、だから異状に気付いたのも霜田が最初だった。

「泣いてるのか、兎束」

 勝気がメイド服を着て歩いているような少女が、いまはただはらはらと涙を流していた。兎束英梨が、人前で泣く。誰も想像したことのなかった事態を、誰もが──親友のフヨでさえ──その瞬間扱いあぐねた。肩を震わせながら、メイド姿のまま英梨は逃げるように廊下へ飛び出してゆく。

「英梨、待って!」

 いつになく真剣なフヨが英梨を追いかけていくのを見て、郁子も立ち上がりかける。それを遮ったのは霜田の言葉だった。

「やめておけ。フヨに任せておけばいい」

「兎束さん、大丈夫でしょうか」

「奴が借りを作ったまま逃げるわけがないさ。どちらかというと荻生、俺はおまえのほうが心配だ」

 驚いた顔でこちらをまじまじと見つめる三つ編み眼鏡のメイド少女へ、霜田は続ける。

「おまえのことだ、今のでよくわかっただろう? いかなるタイプであれ、この国で『メイドさん』を目指すということが、どういうことか」

「いえ……ええ。まだなんとなくですが。厳しい道のり、というかそもそも道があるかもわからないんですね」

 会長には隠せませんね、と笑顔で前置きして、でも、と話を繋ぐ。

「この次メ研はどこかに新しいメイドさんへの道をひらくために、作られたんですよね。会長はきっと、わたしを思いもかけない場所へ連れて行ってくれます。会長ひとりでは無理だったとしても、みんな一緒ならきっと。わたしは」

 眼鏡の奥に揺るがぬ心を覗かせて、郁子は言った。

「──そう信じています。だから平気です」

 ひとつ息をついてから、霜田が呆れ顔で応える。

「ずいぶん信用されたもんだ。ずっとどうやって引きとめようか考えてたのに」

「ふふ、取り越し苦労でしたね」

(今回は、な……)

 霜田の心中に渦巻く懸念を、まだ郁子は知らない。


*


 英梨が再び宿直室に姿を現したのは、一週間後のことだった。

(1.00)

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