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不定期連載「メイドさんを探して」 第1話 

第1話「記憶の遺跡」

 宿直室に踏み入った途端、荻生郁子は言葉を失った。

 入り口には紺地に白で「浪漫」と染め抜かれたのれんがかけてある。窓際には洗濯物が部屋干ししてある。壁際のカラーボックスに衣類が乱雑に詰め込まれている。年季の入った畳敷きの床には色とりどりの靴下が脱ぎ散らかされ、漫画の単行本が積み上げられている。複雑系にも程があるカオスの中心にはノートPCが載った裸の家具調こたつが鎮座し、奥には小づくりな板張りの台所まで確認できる。さらに部屋の一角を占める大型の液晶テレビには、最新のゲームコンソールが接続されていた。

 何度見ても、中学校の宿直室の眺めではありえない。

「何しに来た」

 不機嫌そうな声変わり前のソプラノボイスで我に返る。あまりにもこたつと一体化しすぎていて気付かなかったが、小柄で地黒な肌の男子が詰襟の制服姿で値踏みするような視線を送っていた。郁子は思わず黒い座敷童子みたい、とやや失礼なことを考える。

「えっと、ポスターを見て来たんですが。ここ、『メイドさん研究会』──ですよね」

「……入会希望なのか」

「はい、以前からメイドさんになって」

 郁子の説明は、大きすぎるため息で打ち消された。

「はー、やっぱりか。あのな、ここは『次世代』メイドさん研究会だ」

 あからさまに興味をなくし、仰向けにひっくり返る。もう郁子を見ようともしなかった。

「ちゃんと書いてあったろ? 確かに実地での活動も考えてるが、うちは真面目にメイドさんの未来を考えるところでレイヤーのための集まりじゃない。どこかそっち系のサークルにでも──」

「私、真面目ですッ!」

 激しい否定に、寝転がっていた地黒男子──名を、霜田格(いたる)という──の態度が少し変化する。

「れ、レイヤー? っていうのはよくわかりませんけど、私、真剣にメイドさんになりたいんです!」

「──話を聞こう。そこへ」

 腹筋をきかせて上半身を跳ね起こし、こたつの対面へ座らせようとする霜田。目ざとく流しの上に急須を見つけた郁子は人懐こい笑みを浮かべる。

「お茶、いれてきます」

「あ、ああ、客なのに悪いな。ポットはそこだ」

「何でもそろってるんですね、ここ。まるで誰かの部屋みたい」

「みたいじゃなくて」

 左右のおさげを揺らして湯呑みを目の前に差し出す女子を注視しつつ、霜田が補足する。

「ほんとに俺の部屋なんだけどな」

 眼鏡の奥で目をしばたたかせている郁子の反応は、霜田には意外だったようだ。

「あれ、聞いたことないのか。自分で言うのも何だけど有名な話だぞ」

「ついこの間転校してきたばかりなので……」

「まあいい。とにかくそっちの話から聞かせてもらおう」

 対面の座布団に行儀良く正座した郁子は、小さく頷いてからこの部屋を訪れた動機を語り始めた。三年前に父親の仕事の都合でシンガポールへ移り住むことになったこと。そこで雇った『メイドさん』と仲良くなったこと。

「向こうでは、メイドさんを雇うのは珍しいことじゃないんです」

 話の合間に自分で淹れた茶などちゃっかり啜って、早くもくつろぎモードに突入している。地なのかはわからないが、彼女にとってアウェーであるこの部屋で大した適応力といえた。

「ああ、それは知ってる。フィリピンとかインドネシアとかからワラワラ何万人も出稼ぎに来てるんだろ」

「詳しいんですね。うちでもノバさんっていうフィリピン人のメイドさんを雇ってました。主に掃除洗濯をやってもらってたんですけど、友達とも引き離されてホームシックになりかけていた私を、仕事の合間によく励ましてくれたんです。それに親に叱られている私をかばってくれたり、さりげなく家族で話す機会を増やしてくれたり……」

 片言の英語で喋るのは大変でしたけどね、と郁子はすこし懐かしそうな顔をした。

「意外だな。向こうのメイドさんはもっと気がきかないというか、最初から気をきかせるつもりがないもんだと思ってたが」

「確かにそういう人も多いですね。でも私と同じくらいの娘さんがいて、放っておけなかったみたいです」

 勝手に勘違いしていたことに気付いて、霜田は首の後ろを掻いた。

「なるほどな、そういう歳か。しかし普通にいい話じゃないか」

「そうでもないです。日本に戻る直前に、お母さんの指輪とかバッグなんかを盗んでいなくなっちゃいましたから、ノバさん」

 何か言いかけた霜田の口が中途半端な形で凝固する。

「計画的な犯行で、お母さんの話では百万円以上やられたみたいです。でも、きっと仕方ない事情があったんだと思います。普段は本当に真面目でいい人でしたから」

「……それで、その話とメイドさん志望がどう結びつくのか、是非俺にもわかるように説明してくれ」

「最後は残念なことになっちゃいましたけど」

 郁子は湯呑みを口元に運ぶ。伝えるべきことをなるべく正確に言葉へ変換しようと熟考しているのがわかった。

「ノバさんの仕事を見てるうちに、メイドさんって単に家事を手伝うんじゃなくて、『家族を手伝う』ものなんじゃないかって思ったんです。大変ですけど、それはとても」

 久しく拝むことのなかった、自然であるがゆえに稀有な笑みを前にして、霜田は思わず目を細める。

「──やりがいのある仕事なんじゃないでしょうか」

 外で行われている部活動の掛け声しか聞こえない時間が過ぎていく。まったく反応のない目前の黒い物体を郁子が不審に思い始めたころ、突然それは凄まじい強引さで郁子の両手を取り、握り締めた。

「や……」

「えっ? え」

「やっと、見つかった」

 霜田は感極まった表情で、泣いていた。郁子の混乱にいっそう拍車がかかる。

「お前こそ、俺が探していた『ロマンの卵』だ」

「ちょっと、え、ちょ」

 宿直室の扉が勢いよく開かれたのは、そのときだった。

「ただいま。外でアイス買ってきたから一緒、に」

 機嫌がよさそうなその声の主は、中学生にしてはスレンダーな長身を完璧に校則を遵守したセーラー服に包んだ女子だった。やや垂れ気味の柔和な瞳が特徴的で、左手にはコンビニのビニール袋を提げている。しかし上履きを脱いで視線を上げ、郁子たちの姿を捉えるなり、その顔からは表情が削げ落ち、ビニール袋を取り落としてしまう。

 初手からまともに会話するつもりはなかったようで、長身女子は足元に転がる有象無象を蹴散らして大股で郁子のもとへ歩み寄ると、強烈な平手打ちを見舞った。細いフレームの眼鏡が床に落ちる。霜田が立ち上がる間もない早業だった。

「なんでたるちゃん泣かしてんのよ、この泥棒猫ッ!」

 激昂している長身女子を見てもまだ事態が飲み込めないらしく、郁子はぶたれた頬を押さえて呆然としている。

「いまどき……泥棒猫って」

「やめないか、フヨッ!」

 霜田の一喝で長身女子の動きが劇的に停止する。郁子しか捕らえていなかった意識が、ようやく霜田のほうへ戻ったようだった。

「勘違いするな。そいつは次メ研の新入りだ」

 その落ち着いた物言いに、なんだか、と郁子は混乱のなかで考えた。正直見た目は小学生だけど、なんだかこの人、すごく年上っぽい──。

「じめけん? ああ、たるちゃんのサークルね。あれまだやってたんだ。とっくにやめたん……だ、と……」

 長身女子の返答は事態を把握するに従って声が小さくなっていき、最後のほうはほとんど聞き取れなかった。

「っていうか、ごめんなさい! これ、フヨの分のアイスだけど食べて! ちょっと溶けかけてるけど!」
 床に落ちたビニール袋を素早く回収後、取り出したカップアイスを勢い良く差し出されたところで、ようやく郁子は激変する状況に追いついた。落ちた眼鏡──幸いにも割れたり歪んだりはしていなかった──を拾ってかけ直しているうちに、なんだかもう何かの冗談にしか思えなくなってきて、こらえきれず吹きだしてしまう。

「ふふ、怒ってはいません。すごくびっくりはしましたけどね。それより──」

 怪訝な顔をしているふたりに構わず、郁子は続ける。

「さっき、私のこと新入り、って言いましたよね」

 郁子の確認に、霜田が笑顔で応えるまでに時間はかからなかった。

「ああ、入会を認めるよ、ええと──」

「荻生です。荻生徂徠の荻生」

「とにかく荻生だな。俺と同じ二年だよな」

 上がり口に揃えられた上履きの色を確認しながら、霜田が確認する。

「俺は会長の霜田格。これから一緒にメイドさんを考えていこう。よろしく頼む、荻生」

(名前が『いたる』で、たるちゃん──か)

 地黒の肌とのコントラストでひときわ引き立つ並びの良い白い歯を見せながら、霜田は郁子と握手を交わした。長身女子は恐らくはそれが素なのだろう柔和な雰囲気を取り戻し、別人のような穏やかさでその光景を見守っている。

「ところで、この人はどういう」

「ああ、今更紹介するのもなんだが、これは羽中田(はちゅうだ)フヨ。次メ研とは特に関係ないが、同じ二年で」

 郁子に問われ、本当に何でもないという風に霜田が答える。

「──『俺の嫁』だ」

「つ・ま・の・フヨですっ。たるちゃん超マイペースだけど、嫌わないであげてね」

 『妻の』を強調して満面の笑顔で語る同級生に、郁子はなにひとつ有効なリアクションを返せない。

「──は?」

「やっぱこれも知らなかったんだな。良し悪しはさておき、校内ではセットで常識レベルの話なんだが」

「……つ、ついこの間転校してきたばかり、なので」

 やっとの思いでほんの先刻口にした台詞を繰り返しながら、郁子は夫婦別姓なんだー、などと早くも現実逃避を始めていた。

(1.13)

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